📘 Vol.4|TSMCと「台湾リスク」
はじめに
世界の先端半導体の大半を製造する TSMC(台湾積体電路製造) は、
名実ともに「世界の半導体供給の中枢」として君臨している。
その一方で、台湾有事リスクは世界経済・安全保障にとって極めて大きな不確定要因となっている。
本稿では、TSMCの地位とそのリスク、各国の対応策、今後の地政学的展開を分析する。
1. なぜTSMCは不可欠なのか
世界の最先端ノードを独占
プロセスノード |
市場シェア(2024年推定) |
主な製造企業 |
5nm〜3nm |
約85% |
ほぼTSMC |
7nm |
約60% |
TSMC、Samsung |
- Apple(Aシリーズ、Mシリーズ)
- NVIDIA(GPU、AI/HPC)
- AMD(Ryzen、EPYC)
- Qualcomm、MediaTek、Tesla など、主要設計企業が依存
統計的な集中
- TSMCの主要ファブは 台中、台南、竹科(新竹) に集中
- 世界の最先端ロジックの約9割が台湾で製造されているとも推定される
2. 台湾有事リスクの実態
台湾海峡をめぐる軍事的緊張は、経済リスクと直結している。
主な想定リスク
リスク区分 |
内容例 |
軍事衝突 |
台湾封鎖、インフラ破壊、電力供給途絶、海底ケーブル寸断 |
政治的制裁 |
米中双方による技術制裁の応酬、TSMCの輸出制限リスク |
自然災害 |
地震、水不足、電力障害(TSMCは水・電力消費が極めて大きい) |
仮にTSMCが機能停止した場合、先端半導体供給の崩壊→世界経済の混乱は不可避。
3. 各国のリスク分散戦略
日本(熊本)
- JASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)
- TSMC + Sony + Denso の合弁
- 第一工場:22nm〜28nm(2024年稼働)
- 第二工場:16nm〜6nm級の導入予定(Rapidusとは別系統)
米国(アリゾナ)
- TSMC Arizona(Phase 1:N5 / Phase 2:N3)
- 補助金総額:約66億ドル+税制優遇
- 労働文化・技術者確保に課題(稼働延期も報道)
ドイツ(ドレスデン)
- 欧州版 CHIPS Act に基づく誘致
- Bosch・Infineon・NXPとの協力体制
その他の分散事例
- Samsung(韓国・米国)やIntel(米国・イスラエル・アイルランド)も補完的位置を強化中
4. 台湾政府とTSMCの対応
- 台湾政府は「サプライチェーン不可欠性」による戦略的曖昧性(Strategic Ambiguity)を維持
- TSMC自身も「政治に関与しない」「軍事利用に関わらない」立場を強調
ただし:
- 分散投資はTSMCのリスクヘッジであると同時に、台湾外での製造能力流出にもつながる
- 技術・人材・管理システムの「台湾依存」は依然として高い
5. 今後の焦点と国際関係
観点 |
課題 |
歩留まり・品質 |
台湾外ファブでの技術水準が本社と同等に保てるか |
サプライ網多元化 |
日本・欧州における素材・装置との連携深化 |
台湾内政・中台関係 |
政治選挙・米中摩擦が技術移転に与える影響 |
国際枠組みでの防衛網 |
経済的NATOのような半導体安全保障同盟の実現可能性 |
おわりに
TSMCは単なる製造企業ではなく、地政学の中核にある技術的レバレッジの象徴である。
台湾リスクの顕在化は、単一企業・単一地域に依存するサプライ構造そのものの限界を示している。
今後は、製造分散・技術移転・制度協調が、
「技術と国家安全保障を両立させる」ための現実的解となるかが問われる。
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