第4章:AI半導体の技術概要
4.1 AI処理における計算の特徴
深層学習をはじめとするAI処理では、以下のような演算負荷の高い処理が繰り返し行われます:
- 大規模行列/テンソル演算(GEMM、Convolutionなど)
- 学習(Training):誤差逆伝播、勾配計算、パラメータ更新
- 推論(Inference):低レイテンシ・リアルタイム処理、電力効率の確保
これらを高効率に処理するために、汎用CPUとは異なる専用アーキテクチャが求められ、
AI半導体市場の多様化を生んでいます。
4.2 主なAIアーキテクチャとその特性
✅ GPU(Graphics Processing Unit)
- 開発背景:元は3Dグラフィックス処理向け
- 構造:数千スレッド単位のSIMD型並列演算
- 用途:学習・推論ともに広く活用。CUDA、cuDNNなどソフト環境が充実
- 代表例:NVIDIA A100 / H100, AMD MI300 など
GPUは「汎用性のあるAIアクセラレータ」として、AI黎明期から市場を牽引してきた。
✅ TPU(Tensor Processing Unit:Google)
- 特徴:行列積演算(MAC)に特化。Systolic Array構造、Bfloat16などを採用
- 用途:Google Cloudの内部推論/訓練処理に最適化
- 設計思想:高密度・低レイテンシ・演算効率重視のハード×ソフト共設計
- 代表例:TPU v4, v5e
Google独自設計により、特定モデルに対する計算効率を最大化。
✅ NPU(Neural Processing Unit)
- 特徴:エッジAI用途に特化した小型・省電力AIプロセッサ
- 用途:画像認識/音声処理/ARジェスチャー制御などのリアルタイム処理
- 技術ポイント:SoCへの統合、MAC演算回路の最適化、DRAM帯域の最小化
- 代表例:Apple Neural Engine, Huawei Ascend, Qualcomm Hexagon
「スマホの中のAIチップ」として一般消費者向け製品にも普及。
✅ ASIC(Application Specific IC)
- 特徴:用途特化の完全カスタム設計により、極限の性能最適化が可能
- 用途:LLM推論や研究向け大規模演算、高性能用途に多い
- 課題:開発コストが高く、汎用性が低い
- 代表例:Cerebras WSE、GroqChip、Tenstorrentなど
限定用途において、汎用アーキテクチャを凌駕する性能を発揮。
4.3 LLM(大規模言語モデル)とハードウェア要件
大規模言語モデル(LLM)は、従来のAIモデルを遥かに上回る計算資源・帯域・電力を必要とします。
🔍 LLM処理の技術的要求
- 数千億〜数兆パラメータ
- 長文トークン処理におけるSelf-Attentionがボトルネック
- 分散処理・並列演算・精度制御の組合せが性能の鍵
💡 ハードウェア設計のポイント
領域 |
最適化技術 |
行列演算 |
MACユニットの並列配置、可変精度(FP8, BF16) |
メモリ |
HBM, SRAM、オンチップメモリ、チップレット構成 |
インターコネクト |
NVLink, Infinity Fabric, PCIe Gen5 |
電力最適化 |
Dynamic Voltage Scaling、アクティブ電力制御など |
4.4 ソフトウェアとの共設計:AI時代の新常識
AI半導体はハードウェアとソフトウェアの協調設計(co-design)が前提となっています。
代表的要素:
- コンパイラと中間表現(IR):XLA, MLIR, TVM などで最適なコード生成
- EDAツールとの融合:AI回路設計をEDA自動化で支援(Synopsys DSO.ai 等)
- フレームワーク最適化:TensorFlow, PyTorch, ONNX対応と各チップの統合性
- モデルチューニング:事前学習済みモデルごとに特化した最適パスの導出
ハード単体での性能ではなく、「ソフトウェアとの統合性能」が今後の競争軸となる。
✅ 本章のまとめ
- AI処理の特性に合わせて、GPU/TPU/NPU/ASIC などの多様なアーキテクチャが並存
- LLM時代には、高帯域・低レイテンシ・演算密度・省電力のバランスが要求される
- 今後のAI半導体は、ソフトウェアとの一体的な最適化(共設計)によって進化していく